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2020/05
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あれも欲しい、あの人嫌い、何で私ばかり・・・・
お釈迦さまのお言葉に
「水をくみ出したならば舟は軽やかに進むであろう」
という言葉があります。たとえばね遊園地の池に浮かんでいるような手漕ぎの小舟があるとします。この舟の中に水が
一杯にたまっていると、重くて漕いでもなかなか進んでくれません。ところがね中の水を全てくみ出してしまうと軽やかに
進むことができます。
それと同じように、私たちの心の中が水で一杯になっていると冷たく、重苦しくて仕方がないと思いませんか、水をくみ出して
しまえば、軽やかにのびのびと生きていく事ができますよね。
心の中に何もないのが、いちばん理想的な状態だからなのです。
何もない心のことを「無心」といいます。
この心の中に溜まった水のことを仏教では「煩悩・ぼんのう」と呼んでいます。
人間には百八つの煩悩があると言われ、除夜の鐘を百八つつくのは、この煩悩を退治するためだと言います。
しかし、鐘を突いたぐらいでは、なかなか煩悩は退治できるものではないのです。
数ある「煩悩」の中で「貪りの心」「瞋りの心」「愚痴の心」の三つを人間を一番苦しめる毒薬という意味で『三毒』と呼んでいます。
「貪りの心」とは、自分の好きなものに執着し、欲の為に心が病気になること。
「知者も善者も浮世を見るに色と金には皆迷う」とあるように、色と金に迷う人が一番多いようですが、
「欲を心から離れてみやれ、何がなくとも充分じゃ」となりたいものですね。
「瞋りの心」は、自分の嫌いなものに対して反発したり、腹をたてたりする心をいいます。瞋りの心が、どのくらい自分自身を苦しめるかは、喧嘩をした時の不愉快さを思い出してみればよく分かりますよね。さらに瞋りがこり固まって恨みとなるとかなりの重症です。瞋りは人を損なうことが大きいけれども反省して改めれば比較的退治しやすい煩悩と言われ、瞋りの病に対しては『忍』が治療法であります。『忍』とはひたすら耐え忍ぶといった消極的なことではなく、自分の気に入らないことがあっても腹を立てずに冷静に対処できる積極的な心のことです。
「愚痴の心」は、『道理をわきまえない愚かな心』といいます。
全てのことを自分の思い通りにしたい、自分だけは年を取らずに病気にもならずいつまでも生きていたい、好きな人とだけお付き合いして嫌いな人は顔も見たくない、という我儘な心のことです。この愚痴の心は『無明』とも呼ばれ、迷いの心の根源とされています。
愚痴の心から→貪りの心がおこり、貪りの心があるところには必ず→瞋りの心がある。というように三毒が出そろい、さらに様々な煩悩に枝分かれしていくのです。
愚痴の心に対しては、当然のことですが、『道理をわきまえた明らかな智慧』が処方箋となります。
自分の好き嫌いに合わせて世界が回転している訳ではないから、道理をわきまえて道理に自分を合わせるのです。
霊妙な仏身、このような三毒に代表される心の水を全てくみ出してしまった人が『仏さまのような人』なのです。煩悩の水一滴も残っていない綺麗な心のことを「仏心」といいます。
そして、全ての人が生まれながらに『霊妙なる仏心』を持っているというのがお釈迦さまの一番私たちに伝えたい教えなのです。
軽やかに安らかに生きていきたいものですよね。


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大きな屋根はありません。広い境内もありません。ここには、仏さまの慈悲があります。
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山里

Author:山里
色々な事に興味を持って不器用だけれど拘わっていきたいなぁ❢

いい塩梅に歳を重ねて

山里

Author:山里
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