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2012
11/12

小松原法難750年前会法要

日記

11月11日鏡忍寺です
小松原法難とは・・・文永元年11月11日花房蓮華寺にご滞在中の日蓮大聖人は天津領主工藤吉隆公の招きに応じ、10人ほどの弟子信者をお供に東条小松原をとおりかかりました。
 そこへ以前より大聖人を嫉んでいた当地の地頭東条景信一味が武装し、一行を襲撃しました。突然の奇襲になすすべもなく、弟子の鏡忍坊と知らせを聞いて駆け付けた吉隆公は討死してしまい、大聖人も頭部に傷を受け腕を砕かれてしまいました。しかし不思議なことに傍らにある大きな槙の木に法華経の守護神「鬼子母神」が現れ、景信の軍勢を追い払い、大聖人の危うきを救ったのでした。
この事件を「小松原法難」と称します。
日蓮大聖人は、その後も自らの命を惜しまずお釈迦様の説かれた最高の教え法華経
南無妙法蓮華経を弘められました。

法要では、講談師一龍齋貞鏡さんが、「日蓮大聖人小松原法難」を講談。とっても通る声で小気味よくグーでしたその後に日蓮大聖人と工藤吉隆公亡くなった後に誕生した子供が後に弟子となり、その名を日隆とし後に鏡忍寺を継承していきました・・・・そのような問答形式で日蓮大聖人と日隆がそれぞれお上人が演じられ今までにない法要の流れで凄く良かった
又池上のお会式で活躍の妙照寺の日蓮大聖人の万灯も見られ充実した1日でした


小松原法難750年前会法要1 小松原法難750年前会法要2 小松原法難750年前会法要 鏡忍寺祖師堂


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大きな屋根はありません。広い境内もありません。ここには、仏さまの慈悲があります。
悲しい事は半分に。嬉しい事は倍に。あなたのお話しお聞きいたします。 どうぞ、お尋ねください。

山里

Author:山里
色々な事に興味を持って不器用だけれど拘わっていきたいなぁ❢

ご朱印、受け賜わります。

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