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2020/11
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お知らせです。
涼しくなりましたね。
雨が多いこの頃ですが、朝晩の気温が下がっています。インフルエンザ本番の時季になります、今年はコロナとのダブルです。
マスク、手洗いを徹底いたしましょう。

お知らせです。
此度、自然気学の講座を開くことになりました。
第4日曜日、14:00~15:30。結社にて。資料等はご用意いたします。
全5回 50000円でございます。一括でお申し込みの方は、40000円。
講座ごとのお支払いも可能です。一講座 10000円。
メールにて受付をいたします。
housen_cyo@smail.plala.or.jp まで。
幸せになりたい人この指とまれ!

お坊さん2
ちょっぴり涼しくなったかなぁ
 先⽇は、⼤型の台⾵が沖縄・九州地⽅を襲いました。心の中をある出来事が過りました。
昨年の今頃、私の住む千葉・房総半島を台⾵が通過し、⼤⽊が折れ、屋根は吹き⾶び、長い間停電になり、
不⾃由な⽣活を強いられました。
あの時に飲んだ氷⽔1杯の美味しさは、心に沁みました。⼈は厳しい環境下に置かれると五感が研ぎ澄まされます。
眼・⽿・⿐・⾆・⾝体の感覚器官がキレイになり、普段当たり前のように⾒ていたもの、聞いていたもの、嗅いでいたもの
味わっていたもの、触っていたものに対して価値を⾒出すようになるのです
感覚器官をキレイにするために、あえて厳しい環境に⼊るのが、修⾏。
修行はこの⽬的のひとつなのです。
まさに五感が研ぎ澄まされるのです。
普段自由に飲み物を飲んだり、食べたいものを食べたりできる環境から、ある程度拘束され、規制された
修行を終えていただく飲食は本当に嬉しくて心に残るのです。
この感動をたくさん経験すると、どんどん⼼が耕され豊かになっていきます。
台⾵対策をすることもとても⼤事ですが、洗濯機を使える喜び、お⾵呂に⼊れる嬉しさ、電気がついた時の感動
を経験した、あの感覚を忘れないでいることも⼤切だと思います。本当に嬉しかった!
今私たちが直面しているコロナ禍を、⽣き抜くための糧になるのではないかと思います

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8月も終わりですね。
もうすぐ8月も終りです。
土木業を営む檀家さんから「客がコロナでイライラしている」という話を伺いました。
駐車場でのマナー、トイレでのマナー、商業フロアーでのマナー、とにかくトラブルが多かったとか。
感染の不安、自粛生活に対する不安、仕事に対する不安、経済的な不安等に一斉に襲われて、
過度のストレスで、さも自分だけが被害蒙っているというような錯覚に陥って
いるようだというのです。
このような時だから、自己研鑽をした方が良いのでは・・・・
でもね。
ストレス耐性の強弱もあるでしょうが、昨今では誰しもが同じような状況下で、いかに
「俺が俺が」を辛抱するかが求められます。
各々の置かれた状況に差異があるのは当然のこと。
皆一人一人が自分の人生の主役ですが、周りの方々も各々の人生において主役ですもんね。
身勝手は決してまかり通りません。
こんなお話がおります。
「山野には、さまざまな草木が 生えていた。 草木の種類は多く、名も色や形も 大きさも皆違う。
 ある時、雨が等しく地上に降り注いだとしよう。
 大小様々な草木は、皆一斉に雨の恵を受け、花を咲かせ、実を実らせるのであろう。
 しかし、草木の生長の度合いは、品種や環境によって異なる。
 一つの大地から生じ、 一つの雨に潤される草木は、 各々に様々な形態を持ち、 それぞれに生長していくのである。」

これは法華経薬草喩品に説かれる
「三草二木の譬え(さんそうにもくのたとえ)」と呼ばれる教えです。

大地に生える草木は、一つとして同じものはないけれど、雨の恩恵を受けて生長している様を、
人間と仏の関係に喩えています。
雨は、仏さまから注がれる慈悲であり、草木は人間です。
どんな草木も雨を受けて生長できるように、どんな人も各々いきいきと成長できるように仏の慈悲は
全ての人々に平等に注がれています。
ただそれを受止める側の、形・性質・環境等の条件が違うからこそ、救いの結果も違って見えるだけ。
人にはそれぞれ個性があり、一人として同じ者はいない。
だから、その人にしか表現できない個性があり、魅力が光る。
さまざまな個性と個性が彩る多様性の大切さを説いているとも言えると思います。
にもかかわらず、私たちは壁にぶち当たると、すぐに「神も仏もいないのか」と、あたかも自分だけが雨の恩恵を
受けていないかのように悲観的になるのです。
この「三草二木の譬え」の教えの後に、教えを信じ持つ者は
「現世安穏 後生善処」と仏は仰います。

現世安穏とは、
世の中から苦しみが消えて無くなるという意味ではなく、どのような苦難に直面しても、
これを巧みに処理する心の能力を持ち得た人にとっては、苦しみではなく、心穏やかで過ごすことが出来る。

しかし、あなたには仏さまの慈悲の雨が降り注ぎ続けています。それを感じながら生きるか、気付かずにイライラして過ごすか。
選ぶのはあなたですよ。


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暑いですね・・・・
【暑さ忘れて陰忘る (ことわざ)】
暑い時でも木陰に入ると涼しさを覚えます。まさに木陰の「おかげ」で炎暑をしのげるわけですが、その暑さが去ると、私たちは木陰のありがたさを忘れがちになります。そのように、苦しいときに人から受けた恩も、楽になるとすぐ忘れてしまうたとえとしていう諺が「暑さ忘れて陰忘る」です。「雨晴れて笠を忘る」というのも同じ意味です。
 現代に生きる私たちは、暑いとすぐクーラーをつけて、室内の熱気を冷たくすることばかりしているために、自然から涼をとることを忘れがちです。そうして人工的な涼しさばかりを求めていると、涼しい木陰があることも忘れてしまうような気がします。またクーラーは人間が作り出した機械であるために、その恩恵を感じにくいものです。
 もちろん木は自分で陰を作って、人間や動物に涼しさの恵みを与えてやろうと思っているわけではありません。この恵んでやろうと思わずに恵むこと、これを「布施」といいます。
 自然は無償の恵みを生き物に施しながら、知らん顔していますが、暑さ忘れて陰(恩恵)を忘れるのは、いつも人間の方なんですね。 
  でも今回のような猛暑には、クーラーは必要ですね。感謝を込めて・・・・      
 合 掌



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御朱印のこと
御朱印がブームとなってるこの頃。事前のご連絡をしてくださり、 コロナ禍においても、お寺まで御朱印をいただきに来る方がいらっしゃいます。
何かと足が遠のく お寺にお参りするキッカケとしては、御朱印は非常に良いかと思いますが、御朱印の本来の頂き方を知っている方は、少ないかもしれませんね。ちょっとここに書いてみようかなと思います。
本来、御朱印は、お寺に納経(写経を納める)した証として、お寺から頂くものなのです。つまり、受領書のかわりでした。では、写経を納めるとはどういうことなのでしょうか? 昔、印刷技術が発達していない頃、お経を写すことで、仏教は広まりました(写経専門のお坊さんもいたんですよ) 写経をすることは仏教を広めることになり、良いことをした、功徳を積んだ、ということになります。
その功徳を積んだ証が、御朱印ということです(^-^)/
お寺をお参りすることの目的が、御朱印を集めることになっているようですが、まず御本堂の本尊様にお参りをさせていただいた事のご挨拶をしてからご朱印をいただきましょうね


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大きな屋根はありません。広い境内もありません。ここには、仏さまの慈悲があります。
悲しい事は半分に。嬉しい事は倍に。あなたのお話しお聞きいたします。 どうぞ、お尋ねください。

山里

Author:山里
色々な事に興味を持って不器用だけれど拘わっていきたいなぁ❢

写仏・写経を一緒にしませんか?
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